4月入園式の後、周辺の住宅の方々に挨拶してまわったところ、現園長白井千彰は知らないが、その祖父母・松岡きく先々代園長と松岡義雄先代住職なら存じ上げている、という方々がいらっしゃいました。そのうち1軒の方は、ご家庭でほたるを飼っておられるとのことで、先日5月25日に、私は見せていただきました。
 (成虫になってからは)1週間ほどでこの世を去る彼らが、全身を使って光を放ちながら飛ぶその姿には、小さくてもとても強い生命というものを感じました。

 一方、私たちは人間の生命も、またすごいものです。
 皆さんは、お子さんが生まれてくる時のことを覚えていらっしゃるでしょう。初めてエコーで、母親の体の中に母親とは別の心臓が動いているのをエコーで見聞きした時、生まれた直後に、もう、小さい足の指の爪が出来、髪の毛の一本一本まで生えていたのを見た時には、生命の驚異を感じられたはずです。
 そして、我々大人もそういう乳児の延長線上にこうして生きています。

 この世に生まれようとして生まれてきた人はいません。自分の命を作ったり買ってきたりした人もいません。命は、与えられたもの、お預かりしているもの、ゆだねられているものであり、そしていつか「お返し」するものなのです。

 先月、築地本願寺の「親鸞しんらんさまとこどものつどい」で、「親鸞さまは普通のこと、まっとうなこと、常識をわかったところが偉いのです。そして、そういう常識を身につけるには日ごろの『きれいなものをきれいと思う』『かわいそうなことをかわいそうと思う』という心が大事なのです、という旨のスピーチをさせていただきました。
 親鸞さまは、僧侶が結婚してはいけないのが「常識」とされていた時代に、法然ほうねん先生の御指導のもと、男女が結婚するという本当の常識を打ち立てました。その生涯にも、別段変わったことはなさっていません。

 当園で行なった「降誕会」(親鸞さま誕生日。5月21日)でも、園児たちは、僧侶が結婚できなかった当時に素朴な疑問を感じていました。
 親鸞さまと同じ年で、法然先生に対する法敵であった明恵みょうえさまは、修行の途次で自傷行為を行ない、同じく法然先生を激しく非難した貞慶じょうけいさまは、食事がおいしいと感じた時、これでは僧侶として堕落だと思い、ご飯に水をかけてわざとまずくしたそうです。
 それから800年がたち、今日も人々から親しまれているのは、当時「勝った」明恵・貞慶さまの側なのか、「負けた」法然・親鸞さまの側なのか。答は事実が示してくれています。

 そういう親鸞さまに共感する人々の中から應善寺が生まれ、更に和光保育園が誕生しました(1954年6月)。先々代の時代より、保護者や周囲の方々に支えられてきて、今年も創立記念日を迎えることができました。今後もよろしくお願い申しあげます。

(『園だより』H30=2018年6月号を基に改編)