12月の徳目「忍辱持久(にんにくじきゅう)」

 今月には、およそ2500年前の12月8日、お釋迦しゃかさまがお悟りを開いた成道会じょうどうえをお祝いする生活発表会があり、子どもたちは、連日、遊びを楽しんだり、練習に励んだりしています。

 さて、お悟りの内容の中には「四苦八苦」や「一切皆苦」もあります。

 先月、職場体験の中学生たちが務めを終えて帰る時、彼らに言葉をおくりました。

 「これからの人生では必ず苦しい時がやって来る。その時、『人生は苦しいもの』ということを知っていれば、(苦しいものは苦しいが)、『なぜこんな目に遭うんだ』という疑問は節約できる。悪あがきをせず、冷静に耐え忍んでいけば、やがて必ず出口は見えてくる」と。

 お釋迦さまでさえ、随分と悩みました。
 お悟りを開いた後でさえ、悩んだのです。
 「この素晴らしい悟りの内容を、人々に伝えてよいものか。彼らは理解できず、かえって、混乱してしまうのではないのか」と。
 そう。全てを悟ってしまったゆえ、人間が愚かであることも悟ってしまったのです!
 結局、四十九日しじゅうくにち後、宇宙の原理である梵天ぼんてんさまが現れ、その勧めを受けて、「よしっ!」と菩提樹の下の座から立ち上がり、説法を始めました。

 40年くらい前でしたか、大変話題になったテレビ・コマーシャルに、作家の野坂昭如さんが、ウイスキーの瓶とグラスを手に、踊りながら歌う歌がありました。

♪ ソ・ソ・ソクラテスか プラトンか。
  二・二・ニーチェか サルトルか。
  みんな悩んで大きくなった。
  (大きいわ、大物よ。)
  俺もお前も 大物だ! ♪

 今年も、皆さんそれぞれ色々なことがあったと思います。
 平成最後の年末年始を、どうぞ憩うてください。

 ※ CMソング『みんな悩んで大きくなった』は、下記他を参照
   https://www.youtube.com/watch?v=SwzQkt56T6Y

(『園だより』平成30=2018年12月号を基に改編)

11月の徳目「精進努力」

 「精進努力」の賜物たまものである運動会を見事に成しげた子どもたちは、その後も、日常、保育園で、楽しみ、喜び、また頑張っています。
 勉強や技術、技能など結果が目に見えるものも大事ですが、もっと重要なのは、飲食、着脱、排泄、生活リズム形成、言いたいことを言葉で伝える、話を聞く、新しいことに挑戦する、最後までものごとをやり遂げるなど、生活に関することです。
 11月には、親鸞しんらんさまが旧暦11月28日(1263年)に亡くなったことから、その御恩ごおんに報いるもよおし「報恩講ほうおんこう」があります。
 親鸞さまは、「(自分を始め)人はみな凡人、人はみな愚か。そんな自分たちでもほとけさまは救ってくださるのだから、ありがたい」ということを述べられ、ご著書『正信偈しょうしんげ』には、「喜」と「楽」の字がしばしば出てきます。この嬉しさが起点となって、「ほとけさまや先達せんだつたちの御恩に粉骨砕身ふんこつさいしんしてむくいたい」という気持ちを起こされ、それを生涯、実行されたのでした。
 私たち大人は、先ず、子どもを愛することです。子どもは「自分は愛されている!」と実感した時、それが起点となって、そこから「頑張ろう!」という気持ちが生まれます。
 秋は文化、芸術、スポーツその他いろいろな活動にふさわしい季節です。子どもと一緒に日々を喜び、楽しみ、がんばりましょう。

(『園だより』平成30=2018年11月号より)

10月の徳目「同事協力」

 秋分の日の連休には、應善寺のお彼岸に参列して、今年一人増えた家族とともに、昨年故人となった親族を含む一族のお墓参りをし、旭通り商店会のお祭りでは、挨拶されるまで分からなかったほど大きくなった卒園児を含め、複数の在園児卒園児親子とお会いしました。

 園のお彼岸参りでは、お釋迦しゃかさまの生まれ変わり物語を素材にした絵本『みんなでたすけたひなどり』(すずき出版)を読み聞かせしました。仲間の鷹のひな鳥が猟師に捕まりそうになると、鳥の王さまみさご、鷹の父母、大亀、ライオンが力を合わせて、ひな鳥を守った、というお話です。

 「同事協力」は10月の徳目でもあります。
 今年も国立第3小学校のご好意をたまわり、初めて校庭(雨天時は体育館)で運動会を実施します。
 当園の三つの目標の一つ「自分を大切にし、お友だちを大切にする子」には、社会性のある人に育ってほしいという思いが込められています。
 保育という集団の場には、家庭だけでは得難い、他者との協力の機会がたくさんあります。
 保育園で大切なのは、もちろん、日常保育ですが、それと同じ線上にあり日常とは違う娯楽性も味わえるのが行事です。
 どうぞ、今年も皆さんで「みんなで力を合わせて楽しむ運動会」をお楽しみください。

(『園だより』平成30=2018年10月号の原稿を基に一部改編)

9月の徳目「報恩感謝」

 6月ごろだったか、ある園児とお迎えの時間帯にこんなやり取りをしました。
 「先生の子どもはいくつ?」
 「2歳だよ」
 「もう死んだ?」
 「まだ死んでないよ」
 あんた何てこと言うの!と慌てるお母さんの傍らで、私はその子と話を続けました。
 「でもね、人間はいつ死ぬかわからないから、先生はね、いつも死んでほしくないなぁって願っているんだよ」
 人はみな、自分のいとしい存在や自分自身がいつも元気でいるのが当たり前と思っています。

 しかし、当たり前は突然、崩れます。
 振り返れば、この夏も、大規模なことでは、西日本豪雨(物故者200人以上)、連日の猛暑(熱中症による物故者100人以上)、高速道路の橋崩落(同40人以上。イタリア)、個別的なことでは、留置場から男が脱走、医大入試で女子がすべて減点、ボクシングでダウンした選手が判定勝ちなど、いくつもの当たり前が崩れました。
 当たり前の崩壊は、いきなり不運にやって来る場合もあれば、ある程度の努力によって防げる場合もあります。

 人間は、ご先祖や他の人々や自然の恵みなど自分の力でない力のおかげで生きていますが、人間はまた不完全な存在であるゆえ、そのことに気がつきません。
 それで、そういう恩を忘れないよう心に刻みつけるため、「敬老の日」や「お彼岸」といった行事があるのです。

 「当たり前」の反対は「有ることが難しい」、そう「有りがとう」です。
 「みのりの秋」という言葉もあるように、秋は、いろいろなことがある充実した季節です。
 「報恩感謝」の気持ちをもって、2学期をスタートしましょう。

(『園だより』H30=2018年9月号の基となった文章)

追加:
 私に「子ども死んだ?」と質問してきたこの子の弟と、私の下の子は生年月日が一週間離れておらず、この子のお母さんと私の妻の病室は、同じ産婦人科の隣の隣の隣でした。
 この子は、もしかしたら、病院で胎児や乳児は死亡率が高いという話を耳にして、それで、こんな質問をしたのかもしれない、と後になって、思いました。

(平成31=2019年2月4日)

7・8月の徳目「布施奉仕」「自利利他」

 先月、国立市旭通り商店会の「ジューンフェスタ」に、職員たちとともにスタッフとして初めて参加させていただきました。
 催しそのものも、在園・卒園の親子や地域の人たちと交流する有意義なものでしたが、店長クラスによる打ち上げも印象深いものでした。
さすが、商店会らしく飲食店が多いので、フェスタで余った食材が料理に変身しました。
 会食後は、生ごみを減らすべく、近くのコンビニにタッパーを買いに行ったところ、売り切れていたのですが、店員さんが「おでん用のがあります」と、無料で提供してくれ、関係者みんなを感動させました。

 7月の徳目は「布施奉仕」(すすんで、人のためにする)、8月の徳目は「自利利他」(善いことは、自分のためにも他人のためにもなる)で、ニュアンスに違いはありますが、共通するのは、「人のために良いことをしよう」ということです。
 日々生活していてうれしい時というのは、
 「あなたのおかげで助かった。ありがとう」
 と言われ、
 「ああ、自分は人の役に立っている」
 と実感した時ではないでしょうか。

 7月にはお盆があります。お盆というのは、お釋迦しゃかさまの弟子の目連もくれんさまとそのお母さまが、自分たち親子の利益だけをはかり、他者の利益を考えなかったため、地獄のような苦しみを味わい、それが師匠お釋迦さまの導きで他人への奉仕や感謝を知り、ついに苦しみから脱出できた喜びを祝う催しです。

 8月には平和の日(当園独自の戦争を記憶する日)のお参りがあります。
 戦争は、人々の心の中にある我がままや欲ばりが限りなくふくれあがって、起こるものです。
 日ごろから「他の人の物を取ってはいけない」「自分のことだけを考えるのはやめよう」などの積み重ねをしていくしか、阻止の方法はありません。

 夏は、子どもも大人もまとまった休みを取れる時期です。先祖からもらっているこの命と体を大切にして、楽しい日々を過ごしましょう。

(『園だより』H30=2018年7・8月号の基となった文章)