節分「阿弖流爲(あてるい)・ 母禮(もれ)の碑」

鬼か、人か。「節分」を前に阿弖流爲あてるい母禮もれの碑を思い出す。

 今から1200年前、坂上田村麻呂さかのうえのたむらまろは、蝦夷えみしを「鬼」と称して総攻撃した。
 浜に打ちつけられたたくさんの鬼の首は、時間が経つと、人の首に変わったという。
 それを見た田村麻呂たちは、自分たちこそ鬼だったと知ったに違いない。

 田村麻呂は、みやこ凱旋がいせんしたのち、蝦夷えみしの首領⁼阿弖流為あてるい母礼もれ命乞いのちごいをしたが、朝廷より認められなかった。

 阿弖流為あてるいを称える石碑は、今、清水寺きよみずでらの舞台の下に立っている。

 「この碑を京都や東京の人は知らないですが、岩手の人はみな知っています。」

 保育園の節分を前に、「鬼」のことを考えていたら、以前京都に旅行した際にガイドをしてくれた運転手さんの言葉を思い出した。

(平成31(2019)年1月30日筆)

 和光保育園の節分では、鬼(役の人)に豆をぶつけません。鬼も子どもたちを脅かしません。
 そもそも、人か鬼か、自分か他人か、というのは絶対的に分かれるものではありません。

 鬼がどこにいるのか、と言えば、みんなそれぞれの心の中にいるわけですから、自分の外のものを想定して、それに豆を投げつけても意味は無いのです。
 それどころか、鬼役の人に豆をぶつけることに、もし快感でも覚えるようなことがあったら、それこそ鬼の心が目覚めることになってしまいます。

 (蝦夷えみしは、昔、岩手に住んでいた民族だが、大和民族によって滅ぼされた。

   清水寺のアテルイ・モレの碑の写真

 首領アテルイは色々な俳優が演じている。

   大沢たかお   市川染五郎   宝塚歌劇団

2月の徳目「禅定静寂(ぜんじょうせいじゃく)」

 皆様のご理解と職員たちの尽力により、当和光保育園は、「中学生職場体験」に功労ある事業所の一つとして、東京都より、表彰されました(2019年1月18日)。

 都庁での式典では、都の青少年治安対策本部長が、
 「青年たちがニートや引きこもりにならないよう、本事業は始まった」
 と説明されていました。

 まこと、子どもたちには、悔いの無い人生を送らせたいものです。

 今月には、涅槃会ねはんえ(2月15日。お釋迦しゃかさまの命日)があります。
 お釋迦さまは、
 「この世は美しい。甘美な人生だった
 との言葉をのこされたそうです。

 先月、著名な親鸞しんらんさま研究家⁼梅原猛うめはらたけし氏が、93歳で往生なさいました(1月12日)。
 氏の遺作となった、
 『親鸞「四つの謎」を解く』(新潮社)
 の「はじめに」を開くと、
 「私が今日まで生き長らえることができたのは、神仏が私に、あるいは国家のためにあるいは人類のために何かをやらせたいためではないかと思っている
 との言葉が目と心に飛びこんできます。

 今は、ちょうど受験のシーズンですが、大学や専門学校に入るための最大の「受験勉強」は、小学校のうちから日ごろの授業をきちんと受けることです。
 受験だけではありません。乳幼児の着脱、排泄、食事、睡眠、遊びのルール等々、小さな一つ一つのことは、彼らのこれからの生き方に関わってきます。人生の入口たる保育園では年度の締めくくりの時季を迎えます。よく考え、落ち着いた暮らしをしましょう。

   「中学生職場体験表彰」に関する国立市のページ

   「中学生職場体験表彰」に関する東京都のページ

   梅原猛『親鸞「四つの謎」を解く』新潮社の公式サイト、目次付き

(『園だより』平成31=2019年2月号を基に微修正)