9月の徳目「報恩感謝」(社会や自然の恵みに感謝しよう)

 7月は記録的な日照不足、8月は猛暑という今夏でしたが、子どもたちは健やかに成長し、なんで歌う0歳児や、合同保育で年少児に遊びを教える年長児の姿等が見られました。

 今月の徳目は「報恩感謝」です。
 人は一人では生きて行かれません。
 自然の恵みやたくさんの他の人のおかげで、みな生命や生存が成り立っているのです。

 同じく日々生きるにも、このことを意識しないのと、例えば、
「樹木は、酷暑にも子どもたちに日陰を作ってくれる」
「園庭のかまきりは、子どもたちに驚きを提供してくれる」
など、感謝のねたを一つ一つ見つけながら過ごすのとでは、心の明るさ、人とのかかわり方が大きく変わってくると思います。

 この夏には、京都アニメーション放火事件を極点に色々な事件がありました。
 子どもたちを未来の加害者にも被害者にもしない。
 
これが私の基本的な考えです。
 恩に感謝できる人は真の人生の勝ち組です。その陰には敵も敗者もいません。
 今学期もよろしくお願いいたします。

(『園だより』令和1=2019年9月号を基に改編)

7月の徳目「布施奉仕」(だれにでも親切にしよう)、8月の徳目「自利利他」(人のためにも自分のためにもなることをしよう)

 4月の「合掌聞法」(手を合わせて感謝し、お話をよく聞こう)は、先ずは自分が新しい環境になじんでいこうという徳目ですが、園生活にだいぶ慣れてきた今、今度は、積極的に世の中に尽くそうというのが徳目になってきます。
 「布施奉仕」から私が連想したのは、去年(2018年)の今ごろ、タイで洞窟に閉じ込められた少年たちを救おうとボランティアたちが活動していた時、ダイバーの一人が命を落としたことです。
 その後、あの場所には、そのダイバー サマン・クナンさんの銅像が建てられ、今年(2019年)6月24日には像の前で、少年たちほか多くの人が追悼法要に参加したそうです。
 一方、 「自利利他」からは、間もなく新札の肖像画となる予定の渋沢栄一しぶさわえいいちが思い浮かびました。
 国立市とは、一橋大学の創立者、滝乃川学園の元理事長という点でご縁のある渋沢栄一は、「本当の利益というものは、道義にかなったところから生まれる」という思想を持っていて、「義利合一」「経済道徳説」「論語と算盤」といった言葉を残しています。

 人には、幸いに「他の人たちの役に立ちたい」という本能があります。
 子どものお手伝い活動でも、できるだけ「~~しなさい」という命令文は避けたいものです。
 それより、「~~してくれて助かったよ。有り難う!」と言った方が、無理なく奉仕の行ないがなされ、また定着するのではないでしょうか。

 お盆では、他人に尽くさなかった目連さま母子が地獄の苦しみを味わい、しかし、お釋迦しゃかさまの導きで他人への感謝にめざめ、救われたお話をします(紙芝居、諸橋精光おぼん、もくれんさんのおはなし鈴木出版を使用)。

 平和の日の集いでは、人間の我欲が膨張して戦争という最悪の事態を招いてしまったことを考えます(題材には、元テレビ番組で後に本になった、NHK出版『証言記録兵士たちの戦争3』回天特別攻撃隊 人間魚雷 悲劇の作戦を使用)。

 夏は、葉が茂り、花が咲き、太陽が輝き、それだけでも嬉しくなる季節です。
 せっかくの夏、安全や健康に気をつけて思いっきり楽しみましょう。

少年たちの救出活動中に落命したサマン・クナンさんの像:
https://www.tokyo-np.co.jp/article/world/list/201911/CK2019111102000082.html

「人間魚雷 回天」のNHKの番組の紹介サイト:https://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/bangumi/movie.cgi?das_id=D0001210026_00000

(『園だより』令和1=2019年7,8月合併号を基に改編)

6月の徳目「生命尊重」(命を大切にしよう)

 先月、大津で痛ましい交通事故があって以来(令和1年5月8日)、
 「子どもは弱者だ、いたわろう」
 
という風潮が高まっているようで、それは良いことですが、見落とされがちなのは、
 「子どもたちも将来、ハンドルを握る側になる」
 
ということです。

 当園のランニング・コースでは、乳児でも逆走はしないことになっています。また、乳児も含め園児が、人形をでて寝かしつけたりしている場面もよく見かけられます。
 こういう決まりを守ったり、小さい者を可愛がったり、という心が身にしみついていけば、その子が大人になった時、緊急な事態に出会うようなことがあっても、心と体に「減速」モードが働くようになるのではないでしょうか。

 私たち大人も、今さらと思われるかもしれませんが、子どもたちとはよく会話をして、子どもを「可愛い!」と思う心を踏み固めましょう。
 私は、整髪して毛の無い部分を隠して子どもの前に行った時、「園長先生、毛が生えたね!」とある子から言われたことがあります。大人は子どもを助け、いやす存在ではありますが、大人もまた子どもから助けられたり、癒されたりすることは多いですね。
 人間は、本当にお互いにかかわって生きています。

 最後になりましたが、今月には保育園の創立記念日があります(創立:昭和29=1954年)。
 先人の方々や皆さまのおかげで当園は存続してきました。
 引き続きご支援ご協力の程宜しくお願い申し上げます。

(『園だより』令和1=2019年6月号を基に微修正)

5月の徳目「持戒和合」(決まりを守り、集団生活を楽しもう)

 およそ200年ぶりという先代陛下ご健在中の天皇陛下交代がなされました。
 超大型連休は、皆さん、いかがお過ごしでしたか。

 今月の徳目は「持戒和合」です。
 ただ、「持戒」(決まりを守る)はあくまでも「和合」(みんな仲良くする)のための手段です。
 この一線を忘れ、「決まりのための決まり」になってしまうと、子どもは萎縮いしゅくし、消極的になり、結局「持戒」も「和合」も達成されません。

 今月は、親鸞しんらんさまの誕生日「降誕会ごうたんえ」があります。
 親鸞さまは、「持戒のための持戒」が当然とされる当時の比叡山延暦寺ひえいざんえんりゃくじにあって、さんざん悩み、19歳の時には夢で死のお告げを受けるほど追い込まれましたが、なおも、もがき苦しむ中から、10年後、とうとう法然ほうねん先生のもとで「そうではない」と生まれ変わることができたのでした。

 私たちは、子どもたちには幸せになってほしいと願っています。もし、一人の人が決まりごとの守れない人になってしまったら、本当に不幸なことです。
 子どもがルールを守れた時は、「すごいねえ」「できたねえ」「ママ(パパ)うれしいな」と褒めて、その芽をがさず、引き続き伸ばす方向に持っていきましょう。

 当園の名にも新元号にも今月の徳目にも、「和」が入っています。
 みんなでなごみ」の心をもって、楽しみながら、ルールを学び、更に明るい未来へ向かって歩んでいきましょう。

(『園だより』令和1=2019年5月号を基に微修正)

4月の徳目「合掌聞法」(手を合せて感謝し、お話をよく聞こう)

 ご進級・ご入園、おめでとうございます。今までのお友だちに加え、新たなお友だちも入り、ともに新学期を迎えることができ、とてもうれしく思います。

 和光保育園は、昭和29(1954)年の4月8日「花祭り」の日に、私の祖父、應善寺先代住職=松岡義雄と、祖母、先々代園長=松岡きくによって創設されました。
 以来、今日まで、現・元保護者、園児、寺院、職員、理事、行政(及び納税者としての国民)、地域、業者その他数多くの方々によって育てられてまいりました。

 「和光」という名は、
 和光同塵わこうどうじん」(光をやわらげ、ちりに同じくす)
 つまり「自分だけ偉いと思う傲慢さ(光)をぎらつかせず、みんなとともに、塵のようなこの世の中で生きていこう」
 という言葉から来ています。
 今月の徳目合掌聞法がっしょうもんぼう」(たなごころを合わせて、法を聞く)とも通じる謙虚さがあります。

 話を聞いてもらうには、先ず、話を聞いてあげることです。
 子どもが「ねえ、見て見て!」「この前〇〇したんだよ!」と言ってきた時、大人が「本当!」「すごいねえ!」と肯定するところから、子どもは人を信頼し、人の話を聞くようになっていくのではないでしょうか。
 子どもたちには幸せな人生を送ってほしい。そのためにどうするか考え、実行するのが大人の役割だと思います。
 園児たちがみんな仲良く、安心でき、物事に没頭し、いろいろなことができるようになり、またほっとできる時間を過ごす。保育園とはそういうところだと思っております。
 今年度もよろしくお願い申し上げます。

(『園だより』平成31=2019年4月号の文章を基に改編)