10月のお参り「助け合いの日」

今日は、「助け合いの日のお参り」をしました。子どもたちには次のようなお話をしました。

「助け合い」ってどういうことかわかりますか。「助ける」と「合う」という二つの言葉が重なったものです。「助ける」というのは誰かのためになることです。助けてもらったときには、「ありがとう。」とか「おかげさまで」というお返事をしますね。でも、いつも助けてもらっているだけでは「助け合い」とは言わないのです。いつも助けてもらっている人が今度は助けてあげる方に回ることで初めて「助け合い」になるのです。ですから「ありがとう」「おかげ様」と言われた時には「お互い様」というお返事になるのです。

このように世の中は、自分一人では生きていけないのです。周りの多くの人に支えられ、助けられて生きていけるのです。でもそれだけではありません。皆さんもどこかで誰かのためになっているのです。誰かのために自分ができることをやれる人になりましょう。一人ひとりがそうやって誰かのためになることをやろうとすることが助け合いの気持ちを大きくし、この世が住みやすいものになるのです。今は誰かに助けてもらうことが多いかもしれませんがおおきくなったらきっと誰かのために頑張ることができると思います。そうやって人私たち日本人は昔から生きてきました。今は助けてもらっている皆さんもこれから大きくなって誰かを助けられる人になってください。これで今日のお参りを終わります。

令和7年10月16日                 文責;園長

10月のお参りの様子

おかげさま「いのちのまつり」の絵本

 

10月の徳目「同事協力」

今月の徳目は「同事協力」(お互いに助け合おう)です。

他人と一つのことに取り組んで苦楽を共にすることは、安心や信頼関係を育む基礎となります。またみんなで協力することによって、一人ではできないような大きなことを成し遂げることもできるでしょう。助け合うことが大きな力になることを様々な活動を通して子どもたちに学ばせていきます。

 私たちは自分ひとりで生きているように考えがちですが、よく考えてみると、自分一人では一日なりとも生きてはいけません。食べ物も切るものも生活するすべてのことが誰かの手によって支えられ、お互いに協力して世の中が成り立っています。一人ひとりの役割があり、それがうまく協力して初めて世の中が回っていくのです。

自転車に例えると、ハンドルにはハンドルの役割があり、サドルにはサドルの役割があります。タイヤやチェーン、スポークなど足回りの部品も自転車を動かすのに必要不可欠なものばかりです。それぞれが自分の役割を理解し、協力することでその恩恵が自分にも帰ってくるのではないでしょうか。

今月は、日頃見逃がしている周りの力に感謝し、自分の役割を果たす月にしたいものです。                 文責;園長 白井 千晴

運動会練習(みんなで心を合わせて行進)

玉入れはみんなで協力して

9月のお参り「お彼岸」

今日は、「お彼岸のお参り」をしました。子どもたちには以下のお話をし、「月のウサギ」という紙芝居を読んで、最後に今月生まれの年長さんがみんなを代表して「お焼香」をしました。

9月23日(火)は「秋分の日」です。一年で二度昼の長さと夜の長さが同じになる日です。またこの日は、「お彼岸の中日」にもあたります。

「お彼岸」て何の日かわかりますか。「彼岸」というのは向こう岸のことでらかなさとりの世界のことなのです。だからお彼岸には向こう岸にいらっしゃるご先祖様にお参りをします。

だけど、本当の意味はそれだけではありません。「お彼岸」というのは、「生きているうちに向こう岸の仏さまのおさとりに自分も近づけるように努力しよう。」そういう心を育てる日なのです。

では実際にはどのようなことをしたらよいのでしょう。仏様はそのために6つの方法を教えてくださいました。

  • 布施(物や心をよろこんでほどこそう)
  • 持戒(佛教が説くルールを守ろう)
  • 忍辱(我慢しよう)
  • 精進(正しい努力をしよう)
  • 禅定(心を澄まそう)
  • 智慧(正しく見て、正しく実行しよう)

この第一にあげられる「布施」が一番大切な教えとされています。

子どもたちに「つきのうさぎ」の紙芝居をみせ、本当のほどこしとは何だろうということを一緒に考えました。

お参りの様子

「月のウサギ」の紙芝居

9月の徳目「報恩感謝」

今月の徳目は「報恩感謝」(社会や自然の恵みに感謝しよう)です。

人間は、自然や社会の様々なつながりをもって、初めて生活できているのです。私たちが普段から当たり前のように食べているものも、太陽や水、大地、といった自然やそれを作る農家の人々や運搬する人、販売、調理する人々など様々な人の手を経て初めて食べることができるのです。食べ物以外にも、衣服や住居、学校や保育園、社会なども様々な人たちのおかげで成り立っているのです。また、子どもたち自身もその社会の一員であることを気づかせています。

こういった自然や社会の恵みに気付き、感謝の気持ちをもって日々の生活を送りたいものです。子どもたちに感謝の気持ちが育つにはどうしたらよいのでしょう。それは、子どもたち自身が誰かから感謝の気持ちを伝えてもらうことだと考えます。自分がされて気持ちがよいことだと分かると自然と他人にも感謝の気持ちをもつことができるのではないでしょうか。そのためには、お手伝いやお当番をやるのも一つです。誰かのために働くことがいつかは自分に返ってくるものです。これを繰り返すことで子どもたちに感謝の気持ちが育ち、お互いが助け合い、支え合って生きていることを感じ「ありがとう」「おかげさま」「おたがいさま」という言葉が自然と出るようにしたいですね。

(仏教保育なるほど12ケ月 参照)           文責;園長 白井 千晴

『平和の日お参り』

8月15日(金)に「平和の日のお参り」をしました。

ホールの仏壇の前で、和光保育園の歌の2番を歌い、平和の日のお話をしました。その後、すみれ組を連れて應善寺の屋上の鐘を見に行きました。

保育園の歌の2番の歌詞である「聞いてごらん♪お寺の鐘が♪ほら♪心に響く♪」に出てくる本物の鐘を間近で見てきました。

お昼頃に平和の鐘を鳴らすということでしたので、お昼寝前にみんなで鐘の音を聞き、平和への思いを強めました。

~園長の話~

今日、8月15日は特別な日です。何の日だか知っていますか。

今から80年近く昔に日本は外国と戦争をしていました。そして、8月15日にその戦争が終わり、日本はその戦争に負けました。なんで戦争をしたらいけないのでしょう。戦争は、国と国との戦いです。多くの人の命が奪われてしまいます。お父さんやお母さん、大切な人がいなくなってしまいます。このような戦争を二度と起こしてはいけないとその時の大人の人たちは考え今のような平和な国を作ってくれました。

平和って何でしょう。当たり前に起きて食事をして保育園に来て楽しく過ごし、おうちに帰ってご飯を食べて寝る。という当たり前のことが当たり前にできることが平和です。

今日は終戦記念日です。お昼くらいに應善寺の屋上にある鐘が鳴ります。『平和の鐘』といって、みんなで平和をお祈りするための鐘です。鐘の音に平和への願いが込められています。

お寺の鐘にはどのような意味があったのでしょう。もともとは時を知らせるものとして、朝の6時・正午・夕方の6時に鳴らされていました。また、鐘の音を仏様の声として広く届ける意味もあったそうです。お釈迦様の声を鐘の音としてみんなに届け、「すべての人が幸せになりますように」という意味が込められています。

今日はこの後、應善寺の屋上の鐘を見せてもらいに行きます。給食を食べている頃に鐘の音が聞こえると思います。平和な世の中が続くように心の中で一緒にお祈りしましょう。

今日は、戦争に負けて日本が新しい平和な国になる第一歩になった日。平和を守るためにこれからもみんなで努力していきましょうというお話をしました。

お参りの様子

應善寺の屋上の鐘

8月の徳目「自利利他」

今月の徳目は「自利利他」(人のためにも自分のためにもなることをしよう)です。

仏教の教えに「人は一人では生きていけない。」というものがあります。この世の中、自分ひとりの力では生きていくことはできません。周りの人々のおかげで生きていけるのです。自分のことだけを考えているのではなく、他人のことも考えていかないと結局のところ自分も生きていけないという考えです。自分だけ得をするとか自分だけに良いということではなく、周りの人も良くならないと自分の利にならないのです。

自利利他の「利」は利益のことで佛教では「喜びや幸せ」という意味です。「自」は自分、「他」は自分以外の人ですから、自分だけの「利」を追求するのでもなく、他人の利益だけを追求するのでもありません。両方の利益を求めることつまりWin-Winの関係を求めることが「自利利他」の考えです。みんながみんな幸せになることです。

どちらを優先させるのかと言えば、他人のことを考えましょう。このような利益(幸せ)が得られるかどうかは、自分がどのような行いをするかによって決まるのだと佛教では教えています。人に何かを求めるのであれば、まず自分が他人に何かをしてあげることが大事です。そのことが回りまわって自分に戻ってくるものです。

子どもたちには、「困っている人を見かけた時は、その人の気持ちになって助けてあげる親切な心をもつようにしましょう。人の力になれることはとても幸せなことです。他人への親切を自分の喜びにできるような心を育てていきましょう。」と話しています。

まずは我々大人がやって見せ、示してあげることが大切なのではないでしょうか。

文責;園長 白井 千晴

7月のお参り「お盆(盂蘭盆会)の話」

7月14日(月)に、園のホールにて、すみれ組・さくら組さんと「お盆(盂蘭盆会)」のお参りをしました。

いつものように、仏壇の前で園長がみんなを代表してお焼香をし、みんなで「念佛」の歌を歌い、園長がお盆のお話をし、その後「もくれんさんのおはなし」という紙芝居をしました。その後、今月誕生日を迎える子がみんなを代表してお焼香をしました。お話しや紙芝居の概要は以下の通りです。

「お盆についてのお話し」

今日はお盆です。お盆になるとお仏壇を飾ったりきゅうりの馬やナスの牛を作ったりします。お墓参りをしたり迎え火を焚いたりもしますね。仏壇の中にはお位牌があってご先祖様の名前が書いてあります。「ご先祖様」とはなんでしょう。みんなのお父さんやお母さんにもお父さんやお母さんがいます。そのお父さんやお母さんにもお父さんやお母さんがいます。このように、ずっと命は繋がっています。この方たちを「ご先祖様」といいます。私たちはそのご先祖様がいたからこそこの世に生まれてきたのです。そのご先祖様があの世で幸せに暮らせますようにとお祈りするのがお盆という行事です。

「紙芝居(もくれんさんのおはなし)の大まかな内容」

お釈迦様のお弟子さんのもくれんさんは、修行の力で亡き母のあの世での様子を見ることができました。母は餓鬼の世界にいて、食べ物も飲み物も口に入れることができず苦しんでいました。もくれんさんのお母さんは、家族には優しかったのですがそれ以外の人や動物たちには全く施しをしなかったため、死後餓鬼の世界へ行かされてしまいました。もくれんさんはお釈迦様に母をどうすれば救えるか教えを請うたところ、お釈迦様は僧侶たちの修業期間の終わりの日に大勢の僧侶に食事を供養し、祈ってもらうようにお話になりました。もくれんさんはその教えを守ったところ母のこころは満たされ救われたのです。

紙芝居の後に、子どもたちには「自分や自分の家族にだけ優しくしていても他の人にやさしくできないと幸せにはなれない。」という話をしました。子どもたちも真剣に紙芝居を見て、園長の話を聞いていました。心優しい子に育ってほしいと願っています。

7月のお参りの様子

紙芝居「もくれんさんのおはなし」

7月の徳目「布施奉仕」

 今月の徳目は「布施(ふせ)奉仕(ほうし)」(誰にでも親切にしよう)です。「布施」は、「布」も「施」もどちらも「ひろめ、ほどこす」という意味になります。一方「奉仕」は、日常生活において自己の利益を追求せずに、他者に対して思いやりや社会貢献の精神を具現化する行為として広く世間に認識されています。このことからも「奉仕」が人間社会において重要な要素であることがわかります。また「奉仕」は人が嫌がることも自ら率先して汗を流す、無償の勤労のこころでもあります。

「布施奉仕」のこころとは、見返りを求めたり期待したりする行動ではなく、周りの人に喜びを与える気持ちをもつことであるといえます。

幼児にとって、誰にでも親切にすることは非常に努力が必要です。それは、自己中心性が強い幼児にとって、自分の気持ちや欲求を正面から相手に投げかけるのが自然なのですから、相手の気持ちを考えられるようになることはその子にとってとても大きな成長につながると考えられます。相手のことを考えられるようになってくると次第に友達のために力を貸すような気持ちも育ち始めます。人に親切にされた時のうれしさや、人に親切にすることのうれしさに気付けるように大人としても子どもたちに関わっていくことが大事なのではないでしょうか。

7・8月はおうちで過ごすことも多くなり、お出かけすることも増えてくると思います。この時期に普段できない体験を通して「布施奉仕」の心が育つといいですね。(月刊佛教保育カリキュラム・佛教保育なるほど12ケ月 参照)                    文責;園長 白井 千晴

6月の徳目「生命尊重」

今月の徳目は「生命尊重」(生き物を大切にしよう)です。

自分の命の大切さはもとより、あらゆる生き物の命を大切にすること、さらに生き物以外のものにも命が宿ることを学ぶことで幼児の心の成長の基礎となります。

動植物に関心を持つ季節でもあり、探求心を大切にするとともに、生物へのいたわりの心を育てます。園でも、ミニトマト、ナス、キュウリやじゃがいもの栽培を行っています。市内の農園に行ってじゃがいも掘りも行います。園庭にはありやゾウリムシなども数多くいて子どもたちも毎日楽しく戯れています。

 そしてさらに大切なことが「食育」です。食事の前に手を合わせて「いただきます。」「ごちそうさまでした。」を言いますが、これは我々日本人だけが行っているあいさつです。

 「いただきます。」は、食事を作ってくださった方に「感謝」する意味とともに、食材に「あなたの命をいただきます。」という意味もあります。他の命をいただくことで人間は自分の体を維持し成長させているということにも気づかせていきます。

「ごちそうさまでした。」も食事を作ってくださった方、育ててくれた方、運んできてくれた方等食材に関わった多くの方への感謝の言葉です。ここでも仏教の教えの一つである「人は一人では生きていけない。」を学ぶことができます。

身近な当たり前のことの中から「生命尊重」を学んでいけるひと月にしていきます。

園庭でナスを育てています

創立記念の給食

創立記念のお話し

昨日の6月1日が和光保育園の創立記念日ですが、日曜日だったため、本日6月2日(月)に創立記念のお祝いをしました。

人形劇を見て、ごちそう給食を食べて、應善寺本堂でお参りをしました。昔の写真を見たり、クイズをしたりして創立当時の様子を知らせました。

(お参りで子どもたちに話した概略)

和光保育園は、今から71年前の1954年(昭和29年)應善寺の先代住職夫妻(私の祖父母)が創設しました。当時、国立には西の「春光保育園」中の「音大付属幼稚園」しかなく、東に住む人々は幼児を預かる施設を作ってほしいと應善寺の住職夫妻にお願いしていました。

開園当初、園児は3歳児以上3クラス44人で、給食はありませんでした。保育士はきく園長と3人の計4人でした。4月8日の灌仏会(かんぶつえ)の日からスタートしましたが、園舎がまだ完成していなくて應善寺本堂を仮園舎としたそうです。4月下旬に待望の園舎が完成し、園での生活が始まりました。そして、6月1日に東京都の認可が下り、正式に「和光保育園」がスタートしました。この、認可された日を創立記念の日と制定しました。

初代園長の松岡きくは、子どもたちに「心は広く あたたかく。身体は丈夫に。」と話しました。2代目園長の白井耀子は、こどもたちに「人は一人では生きられない。お蔭様、お互い様、ありがとうを大切に」と話されました。

和光保育園を作ったのは、應善寺住職夫妻で、その應善寺は「浄土真宗」のお寺としてできています。その浄土真宗は、「親鸞様」がおつくりになり、そのもととなった「仏教」はお釈迦様が作られています。こう考えると、今の私たちがあるのは、お釈迦様のおかげということになります。

和光保育園はこれからも、仏様の教えを大切に、保育を進めていきます。

園の歌にある「大好きな大好きな和光保育園♬」を目指していきます。

創立当時の園舎の様子

應善寺本堂でのお参りの様子