3月のお参り「春のお彼岸」

本日のお参りは「春のお彼岸」についてでした。すみれ組さんにとっては保育園での最後のお参りになります。お彼岸の話をして、その後、絵本「つながっている いのちのまつり」を読みました。

~お彼岸の話~

お彼岸は年に2回あります。春のお彼岸と秋のお彼岸です。どちらも昼と夜の長さが同じになる日(春分の日・秋分の日)を中日とした前後3日ずつの7日間です。

「暑さ寒さも彼岸まで」という昔のことわざがあるようにこの日を境に季節が代わります。春分の日と秋分の日には、太陽が真東から昇って真西へ沈みます。仏教の世界では「ご先祖様のいる彼岸(ひがん)は西に、私たちがいる此(し)岸(がん)は東にある」とされているため、彼岸と此岸が最接近する春分の日と秋分の日は、ご先祖様へもっとも思いを伝えやすいと考えられているのです。

 お彼岸の中日は先祖を偲ぶ日、残りの6日間は「修行」のための日と言われています。仏教で定められた6つの修行「親切」「言行一致」「忍耐」「努力」「反省」「修養」を1日一つずつおこなうものとされています。だからお彼岸は7日間あるのです。

お彼岸は、時代を超えて受け継がれてきた日本の風習です。春と秋の年に2回、ご先祖様を偲び、思いを深めてみませんか。     文責;園長 白井 千晴

お参りの様子

 

絵本「つながっている いのちのまつり」

 

3月の徳目「智慧希望」

今月の徳目は「智慧希望」(賢さをもって、希望に満ちた未来を開こう)です。

 園では今週「大きくなったお祝い会」を行いました。学年末を迎え、園児も保育士も何かと慌ただしい毎日が展開されているところです。また、来月の進級や入学という新しい環境に対しての期待や不安も感じる時期でもあります。この会では、それぞれの一年の成長を喜び、これからの未来に夢や希望をもち、楽しい学年末になるようにしていきます。

園では、遊びを中心とした保育が展開されますが、小学校から先は知識を中心とした教科学習が展開されていきます。

「知識」は自分の外側にあるものを学習して積み上げていくものなので、学べば学ぶほど積み重ねられていきます。しかし、知識だけ豊かになるだけでよいのでしょうか。知識だけ豊かになっても人間性を向上させることはできません。「知識」に加えて「智慧」を磨くことも大切です。「智慧」は自分の外側にあるものを学んで自分のものにするのではなく、自分が中心であり、自分を磨くことで身についていくものです。

卒園する子どもたちが、「知識」と「智慧」の両方を磨いて立派な大人に成長することを願っています。 (仏教保育なるほど12ケ月 一部参照)

           文責;園長 白井 千晴

大きくなったお祝い会の様子

大きくなったお祝い会の人形劇

 

涅槃会のお参り

本日のお参りは、「涅槃会」でした。本来は2月15日が「涅槃会」になるのですが、日曜日だったため、繰り上げて13日(金)にお参りをしました。

「涅槃会」とは、お釈迦様の生涯で節目となる大切な三つの日「三仏忌(三仏会)」の一つで、お釈迦様が亡くなられた日です。今回のお参りは、いつものホールとは違い、應善寺の本堂で、住職のお話を聞きました。

住職からは、お釈迦様の誕生日である「花祭り」お悟りをひらいた「成道会」そして、お釈迦様が亡くなった「涅槃会」が佛教では3つの大事な日であるということを教わりました。

お二人の仏さまのお話があり、お一人は「お釈迦様」で今から約2500年前にインドに実存したお方であること。そのお釈迦様がもうお一人の「阿弥陀様」が皆の幸せを見守ってくれているというお話しをしていただきました。お釈迦様の右手が右の方を指しているのはその先に阿弥陀様がいらっしゃるという合図。阿弥陀様の右手の輪の形は「みな平等に見ているよ。」という合図だということを教えていただきました。本堂の中心にも阿弥陀様の像があると教わりました。

子どもたちは少し緊張した様子で本堂に入り、住職のお話を聞きお焼香の作法を教えていただきました。應善寺の本堂は来月の「卒園式」の会場にもなるところなので、その雰囲気を直接味わうことができ、良い機会となりました。                文責;園長 白井千晴

本堂でのお参りの様子

お釈迦様の死

 

 

2月の徳目「禅定静寂」

 今月の保徳目は「禅定静寂(ぜんじょうせいじゃく) よく考え落ち着いた暮らしをしよう」です。「禅定」とは、雑念を払い心身ともに落ち着いた状態のことを意味します。「静寂」とは、 どのような環境においても心静かであることを意味しています。

 心静かに落ち着くための方法は様々ありますが、どこかで時間を作り、短い瞑想の時間が取れるといいですね。仕事の前だったり、家に帰ってから一日を振り返ったりすることで心が落ち着きます。思いつきで行動すると、失敗することがままあります。行動に移す前にじっくりと考え、世の中の動きに巻き込まれずに、しっかりと地についた生活をすることが大切さです。

 これは、子育てにも同じことが言えます。子どもは身近な大人をよく見ていて、良いところも悪いところも全部吸収してしまいます。 子どもの手本となるよう、目前の忙しさに振り回されることなく、物事をよく考え、心にゆとりを持って発言や行動をしていきたいと思います。

 忙しいときにこそ、一歩引いたり、休んだりして周りを見回すゆとりが必要です。「忙しい」という字は、「心」を「亡くす」と書きます。忙しいこの時期だからこそ、「心」を亡くさず、ゆとりを持って生活していくことを心がけていきましょう。        文責;園長 白井 千晴

保育園に鬼さんが来てくれました。

 

 

1月の徳目「和顔愛語」

 今月の徳目は「和顔愛語」(明るい笑顔と優しい言葉で人に接しよう)です。

和顔愛語とは、浄土真宗の宗祖である親鸞聖人が真実の経典として大切にされた「浄土三部経」にある『無量寿経』というお経の中にある言葉です。

お釈迦様がおっしゃられた、私たちに勧められた日常において実践すべき行いとして「七つの布施」がありますが、その中で財産がなくても誰にでもできる布施行のうちの二つが「和顔悦色施;いつも穏やかな笑顔をもって人に接すること」と「言語施;思いやりの心をもった優しい言葉を使うこと」です。この二つの行いを合わせもった言葉が「和顔愛語」です。

良好な人間関係を築くには大切な態度で、基本的な心構えともいえますが、心に余裕がなければなかなかできるものではありませんね。実は「和顔愛語」には「先意(せんい)承問(じょうもん)」という言葉が続くそうです。相手の気持ちを先に察して、その望みを受け取り、自分が満たしてあげるという意味です。

つまり、「和顔愛語 先意承問」とは和やかな顔と思いやりの言葉で人に接して相手の気持ちをいたわり、先に相手の気持ちを察して相手のために何ができるか自分自身に問いただすということになります。

「和顔愛語」は「先意承問」とセットになってこそ日常で実践できるのかもしれません。

子どもたちと過ごす毎日も、少しずつでよいので「まずは自分から」の気持ちで心がけてみてはどうでしょうか。(参照;仏教保育カリキュラム12月号)

文責;園長 白井 千晴

子どもたちと笑顔で遊ぶ初代園長

笑顔の二代目園長

新年のお参り

本日のお参りは、「新年のおまいり」でした。子どもたちには次のようなお話をし、その後に絵本を紙芝居ふうにした「にげだしたふくのかみ」を読みました。

 

新しい年「令和8年(2026年)」が始まりました。今年は「午年」です。午(うま)は十二支の7番目です。その中でも今年は「丙午(ひのえうま)」になります。

「丙(ひのえ)」は十干の一つで、十二支と十干の組み合わせは全部で60個あります。なので今年「丙午(ひのえうま)」の人は60歳になる人ということになりますね。

すみれ組さんは今6歳なので、66歳の人と同じ干支ということになります。もしかしたら皆さんのお爺さんかおばあさんと同じかもしれませんね。

「にげだしたふくのかみ」の絵本を紙芝居風にして子どもたちにお話ししました。主なあらすじは以下の通りです。

貧乏な夫婦が自分たちの苦しみを忘れて貧乏神に同情する優しさが結果的に幸運を呼ぶという物語です。貧乏なのに、働くことが大好きで福の神さえも平然と追い払うバイタリティーをもっている夫婦でまさに働く庶民の心意気を語る昔話です。             文責;園長 白井千晴

1月のお参りの様子

にげだしたふくのかみ

 

12月の徳目「忍辱持久」

 今月の徳目は「忍辱持久」(辛い時が来ても逃げることなく受け止めていこう)です。

 現代の世の中にあって、「がまんすること」を子どもたちに教えることは、大切なことであると同時にとても難しいことです。なぜなら、具体的な場でがまんしなければならないことが少なく、どんなことでもある程度お金で解決できてしまうので、がまんが満たされやすいことが多いからだと考えられます。

 しかし、「がまんすること」ができない子どもは、わがままな子どもになり社会性の発達が遅れていくのです。このようなことを考えると「がまんする」「耐える」ということは教えていかなければならないことだと言えます。

 園の日常生活の中で時々目にするのが「おもちゃの取り合い」です。自分が使いたいおもちゃを友達に貸してあげたけれどもやっぱり自分も使いたくて、めそめそする子がいます。そんな時に保育士が「もっと使いたかったのだよね。」と気持ちを受け入れると「うん」とうなずきすぐに泣き止んだりします。「貸してあげて偉かったね。」とほめると、自分は良いことをしたのだと自覚し、優しさや思いやりのこころが育ちます。

 また、自分が使いたいおもちゃがあってもお友だちが使っていると「後で貸してね。」と言える子もいて、我慢の気持ちも育ちます。そんなときも保育士が「順番に使おうね。ちょっと待っていてね。」というとそこでおもちゃを使いたかった子にも我慢の気持ちが芽生えます。

 「順番!」という言葉は、我慢の気持ちを育てるための一つのキーワードになるのではないでしょうか。日常生活の中でも我々大人が意識することで、自然に子どもたちに「忍辱持久」の気持ちが育っていくのではないでしょうか。

                                                                            文責;園長 白井 千晴

12月お参り「成道会の話」

 本日のお参りは、「成道会のおまいり」でした。子どもたちには次のようなお話をし、その後に紙芝居「おさとり」を読みました。

「成道会」はお釈迦様がお悟りをひらいて佛教の道を成し得た日ですが、「お悟り」とは何でしょう。簡単に言うとみんなが幸せになる正しい教えのことです。

 人は一人では生きていけないのです。自分がいつも食べているもの、身に着けているもの。それらはすべてこの世の誰かが作り、運び、店先で売っているものです。それらの品物を買うために、みんなのお父さんやお母さんは毎日働いてお給料をもらって、そのお金で買っているのです。私たち人間はこのように周りの人に支えられて生きていることを忘れないようにしましょう。いつかみんなが大人になると今度はみんなが誰かのために働いて援けることになるでしょう。ですから、日頃から①ありがとう。②おかげ様。③お互い様。の気持ちをいつも忘れずに過ごすことが大事です。自分がやったことが誰かの助けになり、「ありがとう。」とか「おかげ様」って言われたらうれしいですよね。「ありがとう」や「おかげ様」と言われた時には、なんて言いますか。それは、「お互い様」です。こうやってお互いに相手に感謝する気持ちがあれば、みんなが仲よくすることができますね。

                                       文責;園長 白井千晴

成道会お参りの様子

紙芝居「おさとり」

11月の徳目「精進努力」

今月の徳目は「精進努力」(最後までやり遂げよう)です。

この世を生きていくためには、毎日生き甲斐をもって送ることが大切です。特に、一日一日を大切にして自分の務めを努力し精進することは何よりも大事なことです。

「精進」という言葉はもともと仏道修行に一心に励むことを意味します。「勇気」「勇敢」といった意味を持ち、困難に立ち向かう強い意思を表します。一方「努力」は、目標達成のために心身を使って励むことを意味します。

運動会などの大きな行事の時には、「精進努力」の様子が見えやすいのですが、日々の子どもたちの生活の中でも「精進努力」している姿を認め励まし褒めてあげることが大切ではないでしょうか。 

「努力」は必ず向いられるとは言えない。いう人もいます。しかし、成功した人は必ず努力をしています。努力をしないで成功した人はいません。

幼児期に「精進努力」の精神に触れることは子どもの自己肯定感を育む上で大きな役割を果たします。日々の生活の中で我々大人が「精進努力」する姿を子どもたちに見せることで、子どもたちが学んでいくのではないでしょうか。

                  文責;園長 白井 千晴

「報恩講」おまいり

 本日のお参りは、「報恩講のおまいり」でした。子どもたちには、お釈迦様が作られた「仏教」の中に、いくつかの宗派があり、親鸞様はその中の「浄土真宗」というものを作られた。その浄土真宗のお寺の一つが「應善寺」で、その應善寺が作った保育園が「和光保育園」です。なので、その和光保育園に通っている皆さんも、元をたどれば親鸞様やお釈迦様に繋がっているという話をしました。

 さて、「報恩講」とは字の意味からすれば「恩に報いる集まり」ということですが、浄土真宗で言われるのは親鸞聖人のご恩に報いる集まりのことです。 浄土真宗をひらかれた親鸞聖人は、弘長2年(1262)11月28日に90歳でお亡くなりになりましたので、その11月を中心に報恩講は開催されています。

 報恩講は親鸞聖人のご恩に報いる集まりなので、親の恩に報いるには親の喜ぶことをするように、親鸞聖人のご恩に報いるためには親鸞聖人の喜ばれることをすることが大事です。親鸞聖人の教えをよく聞き、本当の幸せになるのが、親鸞聖人の一番喜ばれることであり、報恩講が行われる目的です。

 では、親鸞聖人の最も喜ばれることは、なんでしょう。それは私たちが真剣に仏法を聞いて、信心獲得(しんじんぎゃくとく)=本当の幸せになることだと言われています。

 私たち人間は、一人では生きていけません。世の中の様々な人の助けを借りて生きています。今日の給食では、いろいろな食材やそれを作ってくれた人、運んでくれた人、調理してくれた人への感謝の気持ちを込めて「報恩講ごちそう会」として、おいしくいただきました。

※「一からわかる親鸞聖人と浄土真宗」参照              文責;園長 白井千晴

「報恩講お参りの様子」

紙芝居「おねんぶつのちから」