お参りの年間計画について

令和7年度も、月に一度「お参り」を行います。年長さん・年中さんにホールにある仏壇の前で、佛教に関するお話をしたり紙芝居を読んだりします。各月のねらいは以下の通りです。

今年度もこの「佛教保育のお話し」の中で紹介して行きたいと思います。

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2025R7年度お参り年間計画表

「花まつり」おまいり

4月8日は、「花まつりおまいり」でした。4月に新しく年長すみれ組になった17人と年中さくら組14人に、お釈迦様「おたんじょう」の紙芝居をしました。

このお参りのねらいは次の通りです。

  • お釈迦様というえらい方がいらしたことを話し、その生誕を祝う。
  • 花祭りの行事を通して、お釈迦様に親しみをもつようにする。
  • お釈迦様の教えを生かして、基本的な生活習慣を身につけ、強い心、我慢する心を培う。
  • 行事に参加する喜びを味わい、集団生活(仲間づくり)の喜びを感じ取る。

4月8日は、佛教をひらいたお釈迦様の誕生日です。お釈迦様は、インドの国のルンビニーという花園でお生まれになりました。誕生されたお釈迦様はすぐに7歩歩いて右手を挙げて天を指し左手は地を指して、「天上天下唯我独尊(てんじょうてんげゆいがどくそん)」と称えられたと伝えられたといわれています。それは、「われはこの世で立派な人になって世界中の人々を救わん。」「人は生まれながらにして何ものにも代えられない独自の尊厳性をもっているものである。」「人は生まれながらにして尊し。」と、お互いの人間性の尊重を教えられているのです。

お釈迦様が生まれた時に、天から甘い雨が降り注がれお釈迦様の体を浄めたということから、ルンビニーの花園を模った「花御堂」をこしらえ、天と地を指しておられる誕生仏をまつり、甘茶をかけて祝福する習わしが始まったといわれています。

「花まつり」は、仏様としてのお釈迦様のご誕生をお祝いするとともに、私たちが人間として生まれてきたことの意味を、お釈迦様の教えによって明らかにしたいという心をもつ日でもあります。(仏教保育なるほど12ケ月参照)           文責;園長 白井 千晴

おまいりの様子

紙芝居「おたんじょう」

3月のお参り「春のお彼岸」

本日のお参りは「春のお彼岸」についてでした。すみれ組さんにとっては保育園での最後のお参りになります。お彼岸の話をして、その後、絵本「つながっている いのちのまつり」を読みました。

~お彼岸の話~

お彼岸は年に2回あります。春のお彼岸と秋のお彼岸です。どちらも昼と夜の長さが同じになる日(春分の日・秋分の日)を中日とした前後3日ずつの7日間です。

「暑さ寒さも彼岸まで」という昔のことわざがあるようにこの日を境に季節が代わります。春分の日と秋分の日には、太陽が真東から昇って真西へ沈みます。仏教の世界では「ご先祖様のいる彼岸(ひがん)は西に、私たちがいる此(し)岸(がん)は東にある」とされているため、彼岸と此岸が最接近する春分の日と秋分の日は、ご先祖様へもっとも思いを伝えやすいと考えられているのです。

 お彼岸の中日は先祖を偲ぶ日、残りの6日間は「修行」のための日と言われています。仏教で定められた6つの修行「親切」「言行一致」「忍耐」「努力」「反省」「修養」を1日一つずつおこなうものとされています。だからお彼岸は7日間あるのです。

お彼岸は、時代を超えて受け継がれてきた日本の風習です。春と秋の年に2回、ご先祖様を偲び、思いを深めてみませんか。                                              文責;園長 白井 千晴

お参りの様子

絵本「いのちのまつり つながっている」

3月の徳目「智慧希望」

 今月の徳目は「智慧希望」(賢さをもって、希望に満ちた未来を開こう)です。

 学年末を迎え、園児も保育士も何かと慌ただしい毎日が展開されているところです。また、来月の進級や入学という新しい環境に対しての期待や不安も感じる時期でもあります。それぞれの一年の成長を喜び、これからの未来に夢や希望をもち、楽しい学年末になるようにしていきます。

 園では、遊びを中心とした保育が展開されますが、小学校から先は知識を中心とした教科学習が展開されていきます。

「知識」は自分の外側にあるものを学習して積み上げていくものなので、学べば学ぶほど積み重ねられていきます。しかし、知識だけ豊かになるだけでよいのでしょうか。知識だけ豊かになっても人間性を向上させることはできません。「知識」に加えて「智慧」を磨くことも大切です。「智慧」は自分の外側にあるものを学んで自分のものにするのではなく、自分が中心であり、自分を磨くことで身についていくものです。

卒園する子どもたちが、「知識」と「智慧」の両方を磨いて立派な大人に成長することを願っています。 (仏教保育なるほど12ケ月 一部参照)

           文責;園長 白井 千晴

卒園式会場の様子

涅槃会のお参り

本日のお参りは、「涅槃会」でした。本来は2月15日が「涅槃会」になるのですが、土曜日だったため、一日繰り上げて14日(金)にお参りをしました。

「涅槃会」とは、お釈迦様の生涯で節目となる大切な三つの日「三仏忌(三仏会)」の一つで、お釈迦様が亡くなられた日です。

お釈迦様は、35歳でお悟りをひらかれた後、80歳で入滅されるまで遊行生活をされ、多くの人々を教化されました。そして、晩年クシナガラというところまで来た時、チュンダの村で出された供養の食事が原因で食中毒をおこされました。死期が近くなったお釈迦様に対して弟子たちは「私たちはお釈迦様を頼りに生きてきたので、今亡くなられたらだれを頼りにすればよいのか。」という不安を訴えました。それに対してお釈迦様は「自らを灯にせよ。他に依るなかれ。」また「法を灯にせよ」とさとされました。「自らを灯にせよ」とは、自分の人生は自分しか歩めないのだから自分が責任をもって精進努力して怠ることなく歩みなさいということです。「他人に依るなかれ」とは、他人に自分の人生を歩んでもらうわけにはいかず、もちろん他人の人生を代わりに歩んでいけるわけでもないと言われたのです。「法に依れ」とは、嘘や偽りの世界に自分をおいてはいけないとさとされたのでした。(仏教保育総論参照)

今回のお参りは、いつものホールとは違い、應善寺の本堂で、住職のお話を聞きました。子どもたちは少し緊張した様子で本堂に入り、住職のお話を聞きお焼香の作法を教えていただきました。應善寺の本堂は来月の「卒園式」の会場にもなるところなので、その雰囲気を直接味わうことができ、良い機会となりました。             文責;園長 白井千晴

應善寺の本堂(卒園式の準備)

 

2月の徳目「禅定静寂」

 今月の徳目は「禅定静寂(ぜんじょうせいじゃく) よく考え落ち着いた暮らしをしよう」です。「禅定」とは、雑念を払い心身ともに落ち着いた状態のことを意味します。「静寂」とは、 どのような環境においても心静かであることを意味しています。

 心静かに落ち着くための方法は様々ありますが、どこかで時間を作り、短い瞑想の時間が取れるといいですね。仕事の前に一息ついたり、家に帰ってから一日を振り返ったりすることで心が落ち着きます。思いつきで行動すると、失敗することがままあります。行動に移す前にじっくりと考え、世の中の動きに巻き込まれずに、しっかりと地についた生活をすることが大切さです。これは、子育てにも同じことが言えます。

 子どもは身近な大人をよく見ていて、良いところも悪いところも全部吸収してしまいます。 子どもの手本となるよう、目前の忙しさに振り回されることなく、物事をよく考え、心にゆとりを持って発言や行動をしていきたいと思います。

 忙しいときにこそ、一歩引いたり、休んだりして周りを見回すゆとりが必要です。「忙しい」という字は、「心」を「亡くす」と書きます。忙しいこの時期だからこそ、「心」を亡くさず、ゆとりを持って生活していくことを心がけていきましょう。                            文責;園長 白井 千晴

春の訪れを待つ蠟梅の花

節分の飾り(すみれ組作)

 

1月の徳目「和顔愛語」

今月の徳目は「和顔愛語」(明るい笑顔と優しい言葉で人に接しよう)です。

和顔愛語とは、浄土真宗の宗祖である親鸞聖人が真実の経典として大切にされた「浄土三部経」にある『無量寿経』というお経の中にある言葉で、「和顔」とは和やかな顔、笑顔で「愛語」とは優しい言葉という意味です。つまり「和顔愛語」とは、にこやかな笑顔と優しい言葉で人に接することを意味しています。

私たちは生きていく上で多くの人と接しますが、人と接する中で自分のことばかり考えて行動すると相手に反感や怒りを生んでしまう場合があります。常に相手のことを考え和やかな笑顔と優しい言葉で接すれば、相手のこころも穏やかにすることができるでしょう。

慌ただしい日々の生活の中で私たちは知らず知らずのうちに自分本位の考えや行動になってしまうことがあります。忙しいときにこそ、周りを見つめ、自分の言動を振り返り「和顔愛語」の行動がとれているか確認できるといいですね。

お互いに相手のことを思いやり、和顔愛語の気持ちで接していきたいものです。大人が穏やかに生活できれば子どもたちも穏やかに生活できます。

                                    文責;園長 白井 千晴

 

明るい笑顔と優しい言葉

初代園長きく先生と子どもたち

 

新年のお参り

本日のお参りは、「新年のおまいり」でした。子どもたちには次のようなお話をし、その後に絵本を紙芝居ふうにした「逃げ出した福の神」を読みました。

新しい年「令和7年(2025年)」が始まりました。今年は「巳年」です。巳(み)は十二支の6番目で、蛇を表します。蛇にはちょっと気味の悪い、暗いイメージもありますが、昔から作物がよく取れたり、お金がたまったりする神様として祀られていることもあり、神様に仕える生き物として大切にされてきました。たくましい生命力があり、脱皮をするたびに表面の傷が治癒していくことから、医療、治療、再生のシンボルともされています。

「12支」には、どんな動物がいるか知っていますか。「子(ね)」ねずみ「丑(うし)」「寅(とら)」「卯(う)」うさぎ「辰(たつ)」りゅう「巳(み)」へび「午(ウマ)」「未(ひつじ)」「申(さる)」「酉(とり)」「戌(いぬ)」「亥(い)」いのしし。の12匹です。

この中で不思議なことが2つあります。なんだと思いますか。一つ目は「辰(たつ)」りゅうです。他の11匹は実際にいる動物ですが、りゅうだけは想像の動物です。

もう一つは、身近にいるある動物がこの中にいないのです。何の動物だと思いますか。そうです。「ねこ」です。でも、チベットという国やタイという国では、ウサギの代わりにネコが使われているんだそうです。面白いですね。

 

紙芝居の内容は次の通りです。

貧乏な夫婦が自分たちの苦しみを忘れて貧乏神に同情する優しさが結果的に幸運を呼ぶという物語です。貧乏なのに、働くことが大好きで福の神さえも平然と追い払うバイタリティーをもっている夫婦でまさに働く庶民の心意気を語る昔話です。                                 文責;園長 白井千晴

 

逃げ出した福の神

お参りの様子

              

12月の徳目「忍辱持久」

今月の徳目は「忍辱持久」(辛い時が来ても逃げることなく受け止めていこう)です。

現代の世の中にあって、「がまんすること」を子どもたちに教えることは、大切なことであると同時にとても難しいことです。なぜなら、具体的な場でがまんしなければならないことが少なく、どんなことでもある程度お金で解決できてしまうので、がまんが満たされやすいことが多いからだと考えられます。

しかし、「がまんすること」ができない子どもは、わがままな子どもになり社会性の発達が遅れていくのです。このようなことを考えると「がまんする」「耐える」ということは教えていかなければならないことだと言えます。お釈迦さまもいろいろな場面で耐え忍ぶことを教えられています。

ある日、お釈迦様の子どもラゴラが強盗に会い、頭を殴られてしまいます。歯を食いしばってこらえているラゴラの頭からも血が流れています。「どんなことがあっても怒ってはいけない。心を抑えて耐え忍ぶことこそお釈迦様の教えを守る勇気ある行動なのだ」と自分に言い聞かせて耐え抜いたのでした。お釈迦様はその話を聞いて「もし忍ぶことを知らない人がいたらその人は仏に会うことができないであろう。私が安らかな暮らしができるのも忍のおかげである」と説かれたのだそうです。命の危険を感じながら耐え忍ぶラゴラの姿にはとても厳しいものを感じます。お釈迦さまも悟りをひらくために様々な障害や誘惑に耐え、それを乗り越えたことを考えるととてもたいへんだったことだとおもわずにはいられません。忍ぶことには勇気がいります。

このことを今の子どもたちにどこまで話して、理解してもらうかはとても難しいことだとは思いますが、「耐えること」や「忍ぶこと」の必要性を説く一つの話にはなるのではないでしょうか。 

※佛教保育なるほど12ケ月より引用                                  文責;園長 白井 千晴

仏教保育なるほど12ケ月

辛夷の木に新しい芽が芽吹きました

成道会おまいり

本日のお参りは、「成道会のおまいり」でした。子どもたちには次のようなお話をし、その後に紙芝居「おさとり」を読みました。

 「成道会」はお釈迦様が「お悟り」をひらいて佛教の道を成し得た日ですが、「お悟り」とは何でしょう。簡単に言うとみんなが幸せになる正しい教えのことです。人は一人では生きていけないのです。自分がいつも食べているもの、身に着けているもの。それらはすべてこの世の誰かが作り、運び、店先で売っているものです。それらの品物を買うために、みんなのお父さんやお母さんは毎日働いてお給料をもらって、そのお金で買っているのです。私たち人間はこのように周りの人に支えられて生きていることを忘れないようにしましょう。ですから、日頃から①ありがとう。②おかげ様。③お互い様。の気持ちをいつも忘れずに過ごすことが大事です。自然に心の中から感謝の気持ちが出せるようにしましょう。

 自分がやったことが誰かの助けになり、「ありがとう。」とか「おかげ様」って言われたらうれしいですよね。「ありがとう」や「おかげ様」と言われた時には、なんて言いますか。それは、「どういたしまして」とか「お互い様」です。こうやってお互いに相手に感謝する気持ちがあれば、みんなが仲よくすることができますね。                                                  

                                                                           文責;園長 白井千晴

お参りの様子

紙芝居「おさとり」