11月の徳目「精進努力」

 今月の徳目は「精進努力」(最後までやり遂げよう)です。

 この世を生きていくためには、毎日生き甲斐をもって送ることが大切です。特に、一日一日を大切にして自分の務めを努力し精進することは何よりも大事なことです。

「精進」は、精神的な成長をするための継続的な取り組みを意味し、「努力」は、その過程での具体的な行動や意思の力を強調しています。この二つを組み合わせた「精進努力」は、自分を磨き続けて、自己成長やさとりに至る道を切り拓く不可欠な要素とされています。

お釈迦様の弟子に、チューランパンタカという人という人がおりました。パンタカは生来愚かで、同じ言葉を何回聞いても覚えることができないばかりか、自分の名前さえ覚えることができなかったと伝えられています。お釈迦様は、チューランパンタカにほうきを1本渡され、「このほうきで塵をはらわん、垢を除かん。と、この言葉だけを繰り返して覚えなさい。」と教えられたのでした。この日から、チュウランパンタカは一生懸命「チリは払わん、垢は除かん」と称えながら、ほうきを手にして働きました。いつの間にかこの言葉を覚えると同時に、塵とは心の塵だろう、垢とは心の垢だ。ほうきとは何か。それはちえのことだなとわかり、心の塵や垢を取り除き、清く正しい心をもち続けることがお釈迦様の教えなんだと悟ったのでした。

この道一筋に努力したチューランタカの物語は、私たちが精進努力することの尊さを教えてくれています。日々の生活の中で一日一日を大切にして生き甲斐をもって過ごしていきたいものです。

  (仏教保育なるほど12ケ月 参照)                   文責;園長 白井 千晴

報恩講のお話し

 本日のお参りは、「報恩講のおまいり」でした。子どもたちには、お釈迦様が作られた「仏教」の中に、いくつかの宗派があり、親鸞様はその中の「浄土真宗」というものを作られた。その浄土真宗のお寺の一つが「應善寺」で、その應善寺が作った保育園が「和光保育園」です。なので、その和光保育園に通っている皆さんも、元をたどれば親鸞様やお釈迦様に繋がっているという話をしました。その後、「おねんぶつのちから」の紙芝居を読みました。

 さて、「報恩講」とは字の意味からすれば「恩に報いる集まり」ということですが、浄土真宗で言われるのは親鸞聖人のご恩に報いる集まりのことです。
 浄土真宗をひらかれた親鸞聖人は、弘長2年(1262)11月28日に90歳でお亡くなりになりましたので、その11月を中心に報恩講は開催されています。

報恩講は親鸞聖人のご恩に報いる集まりなので、親の恩に報いるには親の喜ぶことをするように、親鸞聖人のご恩に報いるためには親鸞聖人の喜ばれることをすることが大事です。
親鸞聖人の教えをよく聞き、本当の幸せになるのが、親鸞聖人の一番喜ばれることであり、報恩講が行われる目的です。

親鸞聖人の最も喜ばれることは、なんでしょう。それは私たちが真剣に仏法を聞いて、信心獲得(しんじんぎゃくとく)=本当の幸せになることだと言われています。

 私たち人間は、一人では生きていけません。世の中の様々な人の助けを借りて生きています。今日の給食では、いろいろな食材やそれを作ってくれた人、運んでくれた人、調理してくれた人への感謝の気持ちを込めて「報恩講ごちそう会」として、おいしくいただきました。

※「一からわかる親鸞聖人と浄土真宗」参照              文責;園長 白井千晴

 

紙芝居「おねんぶつのちから」

今日の「報恩講ごちそう会」のランチプレート

「助け合いの日お参り」の話

15日(火)に「助け合いの日のお参り」をしました。ホールにすみれ組・さくら組の子どもたちを集め、次のようなお話しと「いのちのまつり おかげさま」の絵本を読みました。

~お話の内容~

「助け合い」ってどういうことかわかりますか。「助ける」と「合う」という二つの言葉が重なったものです。「助ける」というのは誰かのためになることです。助けてもらったときには、「ありがとう。」とか「おかげさまで」というお返事をしますね。でも、いつも助けてもらっているだけでは「助け合い」とは言わないのです。いつも助けてもらっている人が今度は助けてあげる方に回ることで初めて「助け合い」になるのです。お互いに相手を助けることが「助け合い」です。ですから助けてもらったときには、「ありがとう」「おかげ様」とお礼の言葉を言います。感謝の気持ちを言われた時には「お互い様」というお返事になるのです。

このように世の中は、自分一人では生きていけないのです。周りの多くの人に支えられ、助けられて生きていけるのです。でもそれだけではありません。皆さんもどこかで誰かのためになっているのです。誰かのために自分ができることをやれる人になりましょう。一人ひとりがそうやって誰かのためになることをやろうとすることが助け合いの気持ちを大きくし、この世が住みやすいものになるのです。今は誰かに助けてもらうことが多いかもしれませんがおおきくなったらきっと誰かのために頑張ることができると思います。そうやって人私たち日本人は昔から生きてきました。今は助けてもらっている皆さんもこれから大きくなって誰かを助けられる人になってください。これで今日のお参りを終わります。

令和6年10月15日                        文責;園長 白井千晴

いのちのまつり「おかげさま」の絵本

ホールのお仏壇の前でお参りをしました

10月の徳目「同事協力」

今月の徳目は「同事協力」(お互いに助け合おう)です。

他人と一つのことに取り組んで苦楽を共にすることは、安心や信頼関係を育む基礎となります。またみんなで協力することによって、一人ではできないような大きなことを成し遂げることもできるでしょう。助け合うことが大きな力になることを様々な活動を通して子どもたちに学ばせていきます。

私たちは自分ひとりで生きているように考えがちですが、よく考えてみると、自分一人では一日なりとも生きてはいけません。食べ物も切るものも生活するすべてのことが誰かの手によって支えられ、お互いに協力して世の中が成り立っています。一人ひとりの役割があり、それがうまく協力して初めて世の中が回っていくのです。

自転車に例えると、ハンドルにはハンドルの役割があり、サドルにはサドルの役割があります。タイヤやチェーン、スポークなど足回りの部品も自転車を動かすのに必要不可欠なものばかりです。ハンドルにはハンドルの役割があり、サドルの代わりにはなりません。またこれらの部品の一つでも欠ければ自転車は動きません。それぞれが自分の役割を理解し、他と協力することで世の中のためになり、その恩恵も自分に帰ってくるのではないでしょうか。

今月は、日頃見逃がしている周りの力に感謝し、自分の役割を果たす月にしたいものです。                      文責;園長 白井 千晴

運動会で協力して玉入れをしている様子

綱引きもみんなで協力して頑張ります

9月の徳目「報恩感謝」

今月の徳目は「報恩感謝」(社会や自然の恵みに感謝しよう)です。

人間は、自然や社会の様々なつながりをもって、初めて生活できているのです。私たちが普段から当たり前のように食べているものも、太陽や水、大地、といった自然やそれを作る農家の人々や運搬する人、販売、調理する人々など様々な人の手を経て初めて食べることができるのです。食べ物以外にも、衣服や住居、学校や保育園、社会なども様々な人たちのおかげで成り立っています。また、子どもたち自身もその社会の一員であることを気づかせています。

こういった自然や社会の恵みに気付き、感謝の気持ちをもって日々の生活を送りたいものです。子どもたちに感謝の気持ちが育つにはどうしたらよいのでしょう。それは、子どもたち自身が誰かから感謝の気持ちを伝えてもらうことだと考えます。自分がされて気持ちがよいことだと分かると自然と他人にも感謝の気持ちをもつことができるのではないでしょうか。そのためには、お手伝いやお当番をやらせるのも一つです。誰かのために働くことがいつかは自分に返ってくるものです。これを繰り返すことで子どもたちに感謝の気持ちが育ち、お互いが助け合い、支え合って生きていることを感じ、「ありがとう」「おかげさま」「おたがいさま」という言葉が自然と出るようにしたいですね。

(仏教保育なるほど12ケ月 参照)           文責;園長 白井 千晴

たわわに実った稲穂

ごちそうの準備「いただきます」「ごちそうさま」

『平和の日」のお参り

今月のお参りは「平和の日」のお参りです。

第二次世界大戦に敗戦し、新しい平和な国を目指した日本のお話しと、お釈迦様が出家される原因となった「四つの門」の紙芝居をしました。

四つの門は、釈迦が29歳の太子(ヴィパッシン王子)の時、王城の東西南北の四つの門から郊外に出掛け、それぞれの門の外で老人、病人、死者、修行者に出会い、人生の苦しみを目のあたりにして、苦諦に対する目を開き、出家を決意したという伝説を紙芝居にしたものです。

『平和の日お参り』園長の話

今日、8月15日は特別な日です。何の日だか知っていますか。

今から80年近く昔に日本は外国と戦争をしていました。そして、8月15日にその戦争が終わり、日本はその戦争に負けました。なんで戦争をしたらいけないのでしょう。戦争は、国と国との戦いです。多くの人の命が奪われてしまいます。お父さんやお母さん、大切な人がいなくなってしまいます。このような戦争を二度と起こしてはいけないとその時の大人の人たちは考え今のような平和な国を作ってくれました。

平和って何でしょう。当たり前に起きて食事をして保育園に来て楽しく過ごし、おうちに帰ってご飯を食べて寝る。という当たり前のことが当たり前にできることが平和です。世界の中でウクライナという国がロシアと戦争をしています。ウクライナの子どもたちはみんなと同じような生活ができていません。戦争が早く終わることを願っています。

私たちの命は一つしかありません。ゲームのようにやり直しはできません。たった一つの大切な命です。それを守るには「自分を大切にし、お友達も大切にするこども。」にならなければなりません。たった一つの大切な命を守るために自分もお友達も大切にしましょう。

今日は、戦争に負けて日本が新しい平和な国になる第一歩になった日。平和を守るために自分やお友達を大切にしなければいけないというお話をしました。  文責;園長 白井千晴

紙芝居「四つの門」

原爆ドーム

 

8月の徳目「自利利他」

今月の徳目は「自利利他」(人のためにも自分のためにもなることをしよう)です。

仏教の教えに「人は一人では生きていけない。」というものがあります。自分のことだけを考えているのではなく、他人のことも考えていかないと結局のところ自分も生きていけないという考えです。自分だけ得をするとか自分だけに良いということではなく、周りの人も良くならないと自分の利にならないのです。

自利利他の「利」は利益のことで佛教では「喜びや幸せ」という意味です。「自」は自分、「他」は自分以外の人ですから、自分だけの「利」を追求するのでもなく、他人の利益だけを追求するのでもありません。両方の利益を求めることつまりWin-Winの関係を求めることが「自利利他」の考えです。みんながみんな幸せになることです。

どちらを優先させるのかと言えば、他人のことを考えましょう。このような利益(幸せ)が得られるかどうかは、自分がどのような行いをするかによって決まるのだと佛教では教えています。人に何かを求めるのであれば、まず自分が他人に何かをしてあげることが大事です。そのことが回りまわって自分に戻ってくるものです。

子どもたちには、「困っている人を見かけた時は、その人の気持ちになって助けてあげる親切な心をもつようにしましょう。人の力になれることはとても幸せなことです。他人への親切を自分の喜びにできるような心を育てていきましょう。」と話しています。

まずは我々大人がやって見せ、示してあげることが大切なのではないでしょうか。 (仏教保育カリキュラム7月号 参照)   文責;園長 白井 千晴

オクラの鉢植え

キュウリも立派に育ちました

ミニトマト、給食でも食べています

お盆(盂蘭盆会)の話

7月16日(火)に、園のホールにて、すみれ組・さくら組さんと「お盆(盂蘭盆会)」のお参りをしました。

いつものように、仏壇の前で園長がみんなを代表してお焼香をし、全員でお参りの歌を歌い、園長がお盆のお話をし、その後「もくれんさんのおはなし」という紙芝居をしました。その後、今月誕生日を迎える子がみんなを代表してお焼香をしました。お話しや紙芝居の概要は以下の通りです。

「お盆についてのお話し」

今日はお盆です。お盆になるとお仏壇を飾ったりきゅうりの馬やナスの牛を作ったりします。お墓参りをしたり迎え火を焚いたりもしますね。仏壇の中にはお位牌があってご先祖様の名前が書いてあります。「ご先祖様」とはなんでしょう。みんなのお父さんやお母さんにもお父さんやお母さんがいます。そのお父さんやお母さんにもお父さんやお母さんがいます。このように、ずっと命は繋がっています。この方たちを「ご先祖様」といいます。私たちはそのご先祖様がいたからこそこの世に生まれてきたのです。そのご先祖様があの世で幸せに暮らせますようにとお祈りするのがお盆という行事です。

「紙芝居(もくれんさんのおはなし)の大まかな内容」

お釈迦様のお弟子さんのもくれんさんは、修行の力で亡き母のあの世での様子を見ることができました。母は餓鬼の世界にいて、食べ物も飲み物も口に入れることができず苦しんでいました。もくれんさんはお釈迦様に母をどうすれば救えるか教えを請うたところ、お釈迦様は僧侶たちの修業期間の終わりの日に大勢の僧侶に食事を供養し、祈ってもらうようにとお話になりました。もくれんさんはその教えを守ったところ母のこころは満たされ救われたのです。         文責;園長 白井千晴

紙芝居「もくれんさんのおはなし」

お参りの様子

 

7月の徳目「布施奉仕」(誰にでも親切にしよう)

今月の徳目は「布施(ふせ)奉仕(ほうし)」(誰にでも親切にしよう)です。「布施」は、「布」も「施」もどちらも「ひろめ、ほどこす」という意味になります。一方「奉仕」は、日常生活において自己の利益を追求せずに、他者に対して思いやりや社会貢献の精神を具現化する行為として広く世間に認識されています。このことからも「奉仕」が人間社会において重要な要素であることがわかります。また「奉仕」は人が嫌がることも自ら率先して汗を流す、無償の勤労のこころでもあります。

「布施奉仕」のこころとは、見返りを求めたり期待したりする行動ではなく、周りの人に喜びを与える気持ちをもつことであるといえます。このことからも「布施奉仕」は「誰にでも親切にしよう。」という目標になります。

幼児にとって、誰にでも親切にすることは非常に努力が必要です。幼児期は自分の気持ちや欲求を正面から相手に投げかけるのが自然なのですから、自己中心の考えが普通です。それが、相手の気持ちを考えられるようになるようになるということはその子にとってとても大きな成長になると考えられます。相手のことを考えられるようになってくると次第に友達のために力を貸すような気持ちも育ち始めます。人に親切にされた時のうれしさや、人に親切にすることのうれしさに気付けるように大人としても子どもたちに関わっていくことが大事なのではないでしょうか。(月刊佛教保育カリキュラム・佛教保育なるほど12ケ月 参照)                                           文責;園長 白井 千晴

今日は七夕集会です。短冊に、「誰にでも親切にできるようになりたい。」と願い事を書きました。

6月の徳目「生命尊重」

 今月の徳目は「生命尊重」(生き物を大切にしよう)です。

自分の命の大切さはもとより、あらゆる生き物の命を大切にすること、さらに生き物以外のものにも命が宿ることを学ぶことで幼児の心の成長の基礎となります。

動植物に関心を持つ季節でもあり、探求心を大切にするとともに、生物へのいたわりの心を育てます。園でも、ミニトマト、ナス、キュウリやじゃがいもの栽培を行っています。市内の農園に行ってじゃがいも掘りも行います。園庭にはありやゾウリムシなども数多くいて子どもたちも毎日楽しく戯れています。

 そしてさらに大切なことが「食育」です。食事の前に手を合わせて「いただきます。」「ごちそうさまでした。」を言いますが、これは我々日本人だけが行っているあいさつです。

 「いただきます。」は、食事を作ってくださった方に「感謝」する意味とともに、食材に「あなたの命をいただきます。」という意味もあります。他の命をいただくことで人間は自分の体を維持し成長させているということにも気づかせていきます。

「ごちそうさまでした。」も食事を作ってくださった方、育ててくれた方、運んできてくれた方等食材に関わった多くの方への感謝の言葉です。ここでも仏教の教えの一つである「人は一人では生きていけない。」を学ぶことができます。

身近な当たり前のことの中から「生命尊重」を学んでいけるひと月にしていきます。

文責;園長 白井 千晴

ミニトマトを育てています

じゃがいも掘りに行ってきました(昨年度の様子)